世界遺産[宮原坑]を見学してきました\(^o^)/
このページは画像29枚使ってます。重いです。ごめんなさいm(__)m
この日は、小学生のガイドさんが案内してくれました(๑´◡`)可愛かった。
案内してもらった模様はコチラ→[小学生がガイドしてくれた宮原坑]
駐車場
駐車スペースはいっぱいある。二輪用のスペースが見当たらなかった。
奥に見える小豆色の建物はトイレ。
トイレ。
このトイレは、世界遺産に登録された宮原坑、万田坑、三池鉱などを結ぶ三池炭鉱専用鉄道で石炭運搬や従業員輸送で活躍したドイツのジーメンス社製の一号電気機関車を再現したデザインです。
トイレの上に設置しているパンタグラフは、JR九州より譲り受けた103系1509番電車(川崎重工製)のパンタグラフです。
早速 駐車場から見える世界遺産。
スマートフォンでナビしてくれるんやって。
僕が行ったときは小学生がガイドしてくれたからコレ使ってない。
立て看板。
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国指定重要文化財 三井石炭工業株式会社 三池炭鉱宮原抗施設
大牟田市宮原町一丁目八六番地三 平成十五年五月一日指定
三池炭鉱は、明治六(一八七三)年に官営となり、大浦坑・七浦坑・宮浦坑・勝立坑等を主力坑として施設の近代化が進められた。明治二二年には三井組に払い下げられ、團琢磨を指導者として経営の拡大が図られた。明治後期に宮原坑、万田坑、大正期には四山坑が開坑され、わが国最大の炭鉱に発展した。以下略
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鉄道敷跡
掘り出した石炭とか、作業員とかを運んでた鉄道の跡。三池鉱とか他の坑に繋がってるんやって。
宮原変電所
第二竪坑櫓
たてこうやぐら←って読む。
高さは22.05m、竪坑の深さ約160m、
鋼板のリベット止めラチス組みで、
櫓の上部に取り付けられた滑車(シーブ)に、
巻揚機からの鋼索(ワイヤーロープ)を開始、
立坑内にケージを吊り下げて支える役割をします。
宮原坑は、明治三一(一八九八)年に第一立坑が、明治三四(一九〇一)年に第二立坑が完成した。
第一立坑は揚炭・入気・排水が主であり、第二立坑は人員昇降を主とし、排気・排水・揚炭を兼ねた。
炭鉱の櫓(やぐら)はそれまでは全て木製でしたが、
この櫓が建てられたころから鋼鉄(鉄骨造)が採用され、
宮原坑跡第二竪坑櫓は現存する最古の総鋼鉄製の櫓です。
その後、大正11(1922)年に宮浦坑第二竪坑櫓において初めて鉄筋コンクリート製の櫓が建てられました。
ヤグラの足元には昇降用のケージがある。これで石炭とか作業員を運んでたんやって。
ケージの足元にはレールが走ってる。
当時宮原坑は、三池集治監に収監されていた囚人が採炭に従事しており、
彼らから「修羅坑」と呼ばれ恐れられた。
しかし、昭和六(一九三一)年五月一日、に閉坑した。
ケージはこのレールをコロコロして、鉄道に積み込まれたんかな?
レールをたどろうと思ったけど、途中で切れてた(´~`)
ポンプ室の壁
このってるのは壁だけ。下の画像でいうと、ポンプ室は壁の手前にあったそう。
三池炭鉱の最大の課題は排水であったが、
両立坑とも当時世界最大のデビーポンプ2台を備え、
排水難を解消、深部採炭への展開を可能とした。
以後、宮原坑は主力行となり、明治・大正期を通じて年間四〇~五〇万トンの出炭を維持した。
壁に空いてる二つのアーチ、そこから中を覗くとこう見える。
160mの竪坑はコンクリでふさがれてる…
画像左側に三本パイプが生えてる、これが外に続いてて…
コレ。ここから排水路に水を逃がしてたみたい。
排水路
ポンプで汲み上げた地下水をココに流してたんかな?
ずーっと、敷地の外まで続いてた。
巻揚機室
巻上機室はイギリス積みレンガ造の切妻平屋で、
屋根は現状で波形スレート葺き、内部には巻き上げ機やウインチ、大型のモーターなど設置されている。
竪坑直通電話信号法|巻場 ||坑底
福炭本認才八号
届出人加速度120m/min 100HP人車巻揚機
巻揚げ機、モーター、メーターゲージ。
奥には直結横置き単銅型の巻揚機が二基座っています。
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宮原竪坑 ●巻揚機運転手心得
一、機械保安係員の指示に従い、巻場機及び巻綱の看守並運転に従事すること。
二、装置に異状を認め運転上危険のおそれがある時は直ちに適当な処置をし其の旨当該保安係員に急報し指示を受けること。
三、運転中は服装を整え、且つ周到なる用意をし以て、原則として起立して運転すること。以下略
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右下に写ってる黒い■はライト、夜はライトアップされるのかな?
実は二階建てなんだよヽ( ´ー`)ノ
従業員控室
壁は分厚いし、窓あるし、ストーブあるし、お茶飲めるし、ベンチあるし…某三井三池製鉄所よりも待遇がイイやん(*‘∀‘)
汽罐場煙突基礎
汽罐場(きかんば)はボイラーのこと。なにも無い原っぱ。
焼けた跡や焼土などは検出されていませんが、
煙に混ざって運ばれた石炭灰が厚く堆積していました。
現地表面から約1.0mの深さで、八角形の煙突基底部の南側3辺の一部が確認され、
一辺は3.3m、外側にも数段の階段状に広がる基礎部分が確認されました。
最後に。
この日は、小学生のガイドさんが案内してくれるイベントをやっていました。
案内してもらった模様はコチラ→[小学生がガイドしてくれた宮原坑]
後日、また宮原坑を見学したときの記事です。
ガイドの三澤さんに教えてもらった色々を書いています、興味がある方はゼヒ読んでみてくださいm(__)m
おわり。
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